暗号資産の貸付時の帳簿処理には、時価で債権を計上するA方式と、取得原価で振り替えるB方式の2つが候補として考えられる。しかし法的根拠を検討すると「貸付は譲渡ではない」ため、貸付時も返還時も課税は生じず、元の取得原価がそのまま引き継がれる。正解は中編で確定する。
- 理由① A方式(時価計上)は貸付時に含み益を課税し、返還時に評価損を計上する。B方式(取得原価)は貸付時は非課税だが、返還時に時価との差額を利益計上する。いずれも返還時に何らかの課税が生じる構造だが、東京国税局の口頭回答では貸付時・返還時ともに課税は生じないとされている。
- 理由② 貸付中の暗号資産は手元にはないが、価格変動リスクを法人が負い続けているため「自己の計算において有する」に該当し、法人税法第61条の期末時価評価の対象となる(国税庁FAQ3-1-7)。ただし期末評価は洗替処理であり、貸付時・返還時に課税が生じないという結論とは矛盾しない。
- 条件 本記事(前編)は2つの候補方式を比較する「地図」であり、最終結論は示さない。A方式もB方式も返還時の処理に誤りがあり、法的根拠に基づく正解(貸付時・返還時ともに簿価振替、課税は返還後の売却時に初めて発生)は中編で確定する。前編のみで処理方針を決定しないこと。
法人税法第22条第2項・第4項 / 国税庁FAQ3-1-7
この記事でわかること
- 暗号資産の貸付時にA方式(時価計上)とB方式(取得原価)で何が変わるか
- 貸付→期末→返済→数量増加返済→再貸付の5ステップの仕訳比較
- 両方式で最終損益が一致する理由と課税タイミングの違い
- A方式・B方式のそれぞれの問題点(返還時の処理を含む)
- 中編で結論が確定する構造の予告
注意:暗号資産の貸付の税務処理について、現時点で国税庁からの公式見解は限定的である(FAQ3-1-7の期末評価に関する整理のみ)。貸付時・返済時の仕訳については本記事の整理はカオーリア会計事務所による検討であり、税務調査において異なる見解が示される可能性がある。また、本記事は法人税法を前提に解説しているが、期末時価評価を除き、個人(所得税)の場合でも結論は概ね同様である。
結論だけ知りたい場合:法的根拠に基づく最終確定仕訳(貸付時・返還時ともに簿価振替で課税なし、期末は時価評価あり(洗替)、課税は返還後の売却時に初めて発生)は「中編|法的根拠と最終確定仕訳」で直接確認できる。本記事(前編)はA/B方式の比較検証であり、なぜその結論に至るのかの過程を理解するための記事である。
前提条件|USDT役員貸付事例
【結論】借入シリーズと同様にUSDTの数値例を使用するが、貸付では「貸す側」が法人であるため、取得原価と貸付時時価の差額が論点の核心となる。
- 株式会社甲(法人)
- 貸付対象:1,000USDT
- 取得原価:100円/USDT(100,000円)
- 貸付時の時価:150円/USDT
- 期末の時価:160円/USDT
- 返済時の時価:120円/USDT
取得原価100円と貸付時時価150円の乖離(50,000円の含み益)が存在する点が、借入シリーズとの決定的な違いである。借入は「新規取得」だが、貸付は「既に保有している資産の形態変更」であるため、この含み益の取扱いが全体の処理を決定づける。
2つの候補方式|A方式(時価)とB方式(取得原価)
【結論】貸付時の帳簿処理には2つの候補がある。A方式は貸付時に50,000円の評価益を認識し、B方式は損益ゼロで簿価をそのまま振り替える。いずれも一長一短があり、かつ返還時の処理にもそれぞれ問題を抱えている。どちらが正しいかは法的根拠の検討(中編)で確定する。
A方式:時価で債権計上
貸付時点で150,000円の経済的価値を持つ債権を取得したとみなす。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産 | 150,000 | 暗号資産(USDT) | 100,000 |
| 暗号資産評価益 | 50,000 |
所得:+50,000
A方式の論拠:
- 消費貸借では同種同量の返還義務が生じ、貸付時点で経済的価値150,000円の債権を取得している
- 金融商品会計の時価主義との整合性が高い
- 貸主・借主の帳簿価額の対称性が保てる
- 法人間で含み益の繰延べが困難になり、租税回避を防止できる
A方式の問題点:貸付は「譲渡」ではないにもかかわらず、実現していない含み益を課税している。税法の実現主義と整合するかが最大の疑問点であり、この点は中編で検討する。
B方式:取得原価で債権計上
既存の簿価をそのまま債権に振り替える。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産 | 100,000 | 暗号資産(USDT) | 100,000 |
所得:0
B方式の問題点:
- 法人→役員貸付で含み益50,000円の課税を繰り延べられる
- 債権額が時価150,000円と大きく乖離する
- 借主側の帳簿価額と不一致が生じる
どちらの方式にも問題がある。以下の5ステップで両方式の動きを確認したうえで、中編で法的根拠に基づく正解を確定する。
ステップ1:貸付時の仕訳
【結論】A方式では貸付時に50,000円の評価益が発生する。B方式では損益ゼロである。この違いが以降すべてのステップに波及する。
仕訳は上記のとおり。A方式は所得+50,000、B方式は所得0。
ステップ2:期末評価|160円への上昇
【結論】貸付中の暗号資産は、手元にはないが価格変動リスクを法人が負い続けているため「自己の計算において有する」に該当し、法人税法第61条の期末時価評価の対象となる(国税庁FAQ3-1-7)。A方式・B方式のいずれを採用しても期末評価は必要である。
FAQ3-1-7は、貸付けした暗号資産について以下のように整理している。
- 貸付期間中に使用料(利息)を得ることが可能である
- 将来的な価格変動リスクを法人が負う
- 「自己の計算において有する」に該当する
もし貸付中の暗号資産が期末時価評価の対象外であれば、期末直前に関連会社に貸し出すことで評価課税を回避する抜け穴ができてしまう。FAQ3-1-7はこの回避を防ぐ趣旨でもある。法人の期末時価評価の対象範囲と除外要件の全体像は「暗号資産法人の期末時価評価」で解説している。
注意:「貸付時・返還時に課税は生じない」(口頭回答)と「期末に時価評価する」(FAQ3-1-7)は矛盾しない。前者は「貸付・返還は実現イベントではない」というルールであり、後者は「法人が保有する暗号資産に未実現の評価損益を認識する」という法人税独自の制度である。個人(所得税)には期末時価評価制度がないため、この期末評価は法人のみの論点である。
A方式の期末仕訳
1,000×(160−150)=10,000
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産 | 10,000 | 暗号資産評価益 | 10,000 |
累計所得:+60,000(貸付時+50,000+期末+10,000)
B方式の期末仕訳
1,000×(160−100)=60,000
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産 | 60,000 | 暗号資産評価益 | 60,000 |
累計所得:+60,000(貸付時0+期末+60,000)
累計所得は一致する。 A方式は貸付時50,000+期末10,000で分散し、B方式は期末に60,000を一括計上する。翌期首に洗替(逆仕訳)を行い、帳簿価額を評価前に戻す。
ステップ3:返済時の仕訳|120円での返還
【結論】A方式では返還時に30,000円の評価損、B方式では20,000円の評価益が発生する。しかし、東京国税局の口頭回答では「返還時にも含み損益の課税は生じない」とされており、A方式・B方式ともに返還時の処理に問題がある。正しい返還時の処理は中編で確定する。
A方式の返済仕訳
帳簿価額:150,000円
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 暗号資産(USDT) | 120,000 | 貸付暗号資産 | 150,000 |
| 暗号資産評価損 | 30,000 |
返還時所得:▲30,000 → 最終所得:+20,000(貸付時+50,000+返還時▲30,000)
B方式の返済仕訳
帳簿価額:100,000円
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 暗号資産(USDT) | 120,000 | 貸付暗号資産 | 100,000 |
| 暗号資産評価益 | 20,000 |
返還時所得:+20,000 → 最終所得:+20,000
両方式とも最終損益は20,000円で一致する。しかし、ここに重大な問題がある。
重要:A方式は貸付時に+50,000、返還時に▲30,000で最終+20,000。B方式は返還時に+20,000で最終+20,000。いずれも返還時に何らかの課税が生じる構造になっている。しかし、東京国税局の口頭回答では「同種同量の暗号資産の返還を受ける限り、貸付時及び返還時に含み損益の課税は生じない」とされている。つまり、A方式もB方式も返還時の処理が正しくない。正しい処理(返還時も簿価振替、取得原価を引き継ぐ)は中編で確定する。
ステップ4:数量増加返済(1,250USDT)
【結論】数量増加返済は経済的に利息支払と同義である。超過250USDT分は受贈益(または受取利息)として益金算入し、元本1,000USDT分のみ債権を消滅させる(法人税法第22条第2項)。
250USDT分の超過は貸付の利息的性格を持つ。処理は以下のとおりである。
- 元本1,000USDTの返済:ステップ3と同じ構造(ただし正しい処理は中編で確定)
- 超過250USDT:返済時の時価×250を受取利息(または受贈益)として益金算入
実務上この契約形態はDeFiレンディングの報酬受取に近い。元本と利息を分離管理することが重要である。
ステップ5:債権の再貸付(二重債権)
【結論】貸付債権を第三者にさらに貸し付けた場合(二重債権)、A方式では評価益が発生するがB方式では変動しない。この差異が最も顕著に現れるケースである。
二重債権とは何か
株式会社甲(法人)が役員Aに1,000USDTを貸し付けている状態で、さらにその「役員Aに対する返還請求権(貸付債権)」を第三者Bに貸し付ける(譲渡する)ケースである。身近な例でいえば、銀行が住宅ローン債権を他の金融機関に売却するのと同じ構造である。
取引の流れ:
- ①甲が役員Aに1,000USDTを貸付(ステップ1で済み)
- ②甲が「役員Aへの貸付債権」を第三者Bに譲渡(=再貸付)
- ③甲は「第三者Bへの貸付債権」を保有する状態になる
つまり、暗号資産そのものではなく「暗号資産を返してもらう権利」が甲→Bに移転する。最終的に役員AがUSDTを返済すると、そのUSDTはBに渡り、Bから甲に返還される。
再貸付時の前提条件:
- 再貸付時のUSDT時価:180円/USDT
- A方式での貸付債権簿価:150,000円(貸付時の時価で計上)
- B方式での貸付債権簿価:100,000円(取得原価で計上)
A方式の再貸付仕訳(時価180円)
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産(第三者B) | 180,000 | 貸付暗号資産(役員A) | 150,000 |
| 暗号資産評価益 | 30,000 |
A方式では、再貸付時にも簿価150,000円と時価180,000円の差額30,000円が評価益として認識される。ステップ1の貸付時50,000円と合わせて、累計80,000円の益が発生する。
B方式の再貸付仕訳
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸付暗号資産(第三者B) | 100,000 | 貸付暗号資産(役員A) | 100,000 |
B方式では帳簿価額100,000円をそのまま振り替えるため、評価益は発生しない。
二重債権で浮き彫りになる問題
B方式では、再貸付しても帳簿価額が100,000円のまま変わらない。しかし経済的には180,000円相当の債権を第三者に渡している。この乖離が以下の問題を生む。
- 帳簿の実態説明力が弱い — 100,000円の帳簿に対して180,000円の経済価値がある債権が動いており、財務諸表だけでは取引の実態を把握できない
- 債権トークン化した場合との整合性 — DeFiではこの「貸付債権」がcTokenやstETH等の債権トークンとして発行されることがある。債権トークンに市場価格がつくと、帳簿100,000円と市場価格180,000円の乖離がより顕著になる
一方A方式にも問題がある。再貸付のたびに含み益が実現する構造だが、「貸付は譲渡ではない」以上、この評価益の法的根拠が弱い。この膠着は中編の法的検討で解消される。
前編のまとめ|両方式の比較と中編への橋渡し
【結論】5ステップの比較検証により、A方式・B方式ともに一長一短がある。さらに、返還時の処理についてはどちらの方式も正しくないことが判明している。法的根拠の検討なしに処理方針を決定することはできない。
| 比較項目 | A方式(時価) | B方式(取得原価) |
|---|---|---|
| 貸付時 | +50,000円(含み益課税) | 0円 |
| 期末評価 | いずれも必要(FAQ3-1-7。貸付中でも価格変動リスクを負うため「自己の計算において有する」に該当) | |
| 返還時 | ▲30,000円 | +20,000円 |
| 最終損益 | 20,000円 | 20,000円 |
| 貸付時の実現主義との整合 | 低い(未実現益を課税) | 高い |
| 返還時の実現主義との整合 | 低い(差額を損失計上) | 低い(差額を利益計上) |
| 制度整合性(会計的視点) | 高い | 低い |
| 租税回避防止 | 強い | 弱い |
A方式は会計的に「美しい」が、貸付時・返還時ともに税法の実現主義と矛盾する。B方式は貸付時の実現主義とは整合するが、返還時に利益を計上する点で東京国税局の口頭回答と矛盾し、帳簿の実態説明力も弱い。
この膠着を打破するのが、中編で検討する以下の法的根拠である。
- 東京国税局の口頭回答(同種同量返還=貸付時も返還時も非課税)
- 所得税法第36条(実現主義)
- 民法第587条(消費貸借の法的性質)
- 法人税法第22条(益金の実現要件)
これらの法的根拠を検討した結果、正解は貸付時も返還時も簿価振替(課税なし)、返還された暗号資産は元の取得原価を引き継ぎ、課税は返還後にその暗号資産を売却した時に初めて発生するという処理に到達する。詳細は「暗号資産の貸付の税務処理(中編)|法的根拠と最終確定仕訳」を参照のこと。
損益計算や申告を専門家に依頼したい場合は「暗号資産・DeFiの損益計算を依頼する(Cryptorch)」をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. DeFiレンディング(Aave等への預入)も「貸付」として同じ処理ですか?
同じ枠組みで処理する。DeFiプロトコルへの預入も、経済的実質が「同種同量返還を前提とした暗号資産の貸付」であれば、本記事と同じ処理ロジックが適用される。ただし債権トークン(cETH・stETH等)が発行される場合は別論点となる。詳細は「債権トークン(自己発行)の税務処理(前編)|3軸整理と売買型・預入型の理論比較」を参照。
Q2. 貸付暗号資産は期末に時価評価する必要がありますか?
法人は必要。貸付中の暗号資産は手元にはないが、価格変動リスクを法人が負い続けているため「自己の計算において有する」に該当し、法人税法第61条の期末時価評価の対象となる(国税庁FAQ3-1-7)。翌期首に洗替(逆仕訳)を行う。なお、個人(所得税)には期末時価評価制度がないため、この論点は法人のみに該当する。
Q3. A方式とB方式で最終損益が一致するなら、どちらでもいいのでは?
どちらでもよいわけではなく、実はどちらも正しくない。最終損益は一致するが、A方式は貸付時に未実現益を課税し、B方式は返還時に利益を計上する。東京国税局の口頭回答では貸付時・返還時ともに課税は生じないとされており、A方式もB方式も返還時の処理が口頭回答と矛盾する。正しい処理は中編で確定する。
Q4. 借入は時価計上なのに貸付の結論は違うのはなぜですか?
借入は「新規取得」、貸付は「保有資産の形態変更」だからである。借入では新たに暗号資産を取得するため取得原価を時価で確定させる必要がある。貸付では既存の保有資産が債権に変わるだけであり、譲渡(資産の処分)が発生していない。この非対称性は法的構造に起因する。詳細は中編を参照。
Q5. 役員への暗号資産貸付で注意すべき点はありますか?
無利息または低利の場合、役員給与認定のリスクがある。適正利息との差額が経済的利益として法人税法第34条の役員給与に該当する可能性がある。これは暗号資産に固有の問題ではなく、金銭貸付と同じ判断基準が適用される。
損益計算や申告を専門家に依頼したい場合は「暗号資産・DeFiの損益計算を依頼する(Cryptorch)」をご覧ください。
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専門の税理士に依頼する場合
暗号資産の確定申告の全体像・最新情報は「暗号資産の確定申告ガイド【2027年版】」をご覧ください。
関係法令
- 法人税法第22条第2項(益金の額)
- 法人税法第22条第4項(資産の評価益は原則益金不算入)
- 法人税法第34条(役員給与の損金不算入)
- 法人税法第61条(暗号資産の評価)
- 法人税法施行令第118条の7(暗号資産の期末評価方法)
- 国税庁FAQ3-1-7(貸付けした暗号資産の期末時価評価)
