相続した暗号資産の売却|取得費加算が使えない二重課税問題

結論

相続した暗号資産を売却した場合、不動産や株式で使える「取得費加算の特例」は適用できない。相続税と所得税の二重課税が生じる。

  • 理由① 取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)は「譲渡所得」に限定された制度である。暗号資産の売却益は雑所得に区分されるため、制度の適用要件を満たさない。
  • 理由② 結果として、相続時に相続税を納め、売却時に所得税を納める二重課税の構造になる。不動産・株式では取得費加算により緩和される負担が、暗号資産では緩和されない。
  • 条件 取得価額は被相続人の取得価額を引き継ぐ。被相続人の取得価額が不明な場合は売却額の5%を概算取得費とする5%ルールの適用が検討対象となる。

所得税法第33条第3項、第35条 / 租税特別措置法第39条

この記事でわかること

  • 相続した暗号資産の取得価額の決まり方(被相続人の評価方法の引継ぎ)
  • 取得費加算の特例(措法39条)が暗号資産に適用できない理由
  • 相続から売却までの損益計算の具体例
  • 国会答弁における暗号資産と取得費加算の特例に関する政府見解
  • 実務上の注意点と申告時のポイント
目次

相続した暗号資産の取得価額

【結論】相続(死因贈与・包括遺贈・相続人への特定遺贈を含む)により取得した暗号資産の取得価額は、被相続人の死亡時の評価額であり、被相続人が選択していた評価方法(総平均法または移動平均法)により算定する(所得税法施行令第119条の6、国税庁FAQ 1-5)。

暗号資産の取得方法別の取得価額は、国税庁FAQで以下のとおり定められている。

取得方法取得価額
購入購入対価+購入手数料等
贈与・遺贈(下記以外)贈与・遺贈時の時価
死因贈与・相続・包括遺贈・相続人への特定遺贈被相続人の死亡時評価額(被相続人の選択方法による)
交換・マイニング・分裂等取得時点の時価

相続による取得と、通常の贈与・遺贈による取得では取得価額の算定方法が異なる。通常の贈与では贈与時の時価が取得価額になるが、相続の場合は被相続人の死亡時評価額(被相続人が生前に計算していた帳簿価額)となる。この「被相続人の選択方法による」とは、被相続人が総平均法・移動平均法のいずれを選択していたかを引き継ぐことを意味する。被相続人が評価方法の届出をしていなかった場合は、法定の評価方法である総平均法により算定する。

関係法令:所得税法第36条、第37条、第40条 / 所得税法施行令第119条の6

取得費加算の特例が暗号資産に適用できない理由

【結論】取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)は所得税法第33条第3項に規定する「譲渡所得」の計算における取得費の特例であり、暗号資産の売却による所得は原則として「雑所得」に区分されるため、この特例を適用することはできない。

取得費加算の特例の仕組み

取得費加算の特例とは、相続により取得した不動産や株式等を、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡した場合に、支払った相続税額のうち一定金額をその譲渡資産の取得費に加算できる制度である(租税特別措置法第39条)。

この特例の要件を整理すると以下のとおりとなる。

要件内容
対象者相続または遺贈により財産を取得した者
対象資産相続税の課税対象となった資産
譲渡期限相続税の申告期限の翌日以後3年以内
対象所得譲渡所得(所得税法第33条第3項)に限定

暗号資産は相続税の課税対象となる財産であり、対象者・対象資産・譲渡期限の3要件は充たしうる。しかし、暗号資産の売却による所得は原則として雑所得に区分されるため、「対象所得」の要件を充たさない。

国会答弁における政府見解

平成30年3月23日の参議院財政金融委員会において、星野次彦財務省主税局長は暗号資産の取得費加算の特例について、暗号資産は原則として雑所得に区分され、雑所得の計算上相続税額を控除する整理が難しいため、特例を設けることには慎重な検討が必要である趣旨の答弁を行っている。

この答弁により、現時点では暗号資産の雑所得に対して取得費加算の特例を適用する法改正の見通しは立っていない。

関係法令:租税特別措置法第39条 / 所得税法第33条第3項、第35条

相続した暗号資産を売却した場合の損益計算

【結論】相続した暗号資産の売却益は、売却価額から被相続人の死亡時評価額(取得価額)と売却手数料等を差し引いて算定する。被相続人が相続前から保有していた暗号資産と相続で取得した暗号資産は、同一の暗号資産として総平均法または移動平均法で一体的に計算する(所得税法第36条第1項、所得税法施行令第119条の2)。

計算例:相続した暗号資産を売却するケース

【結論】相続した暗号資産の売却益は雑所得に区分されるため、取得費加算の特例(措法39条)は適用できない。被相続人の保有期間の値上がり益に相続税と所得税が重複して課税される構造が生じる。

以下の前提で損益計算を行う。

前提条件

  • 被相続人が2BTC(取得価額合計:4,000,000円、総平均法)を保有
  • 被相続人の死亡日:令和7年6月1日(死亡日のBTCレート:1BTC=6,000,000円)
  • 相続人が2BTCを相続(相続税の課税対象額:12,000,000円)
  • 相続人が令和7年10月に2BTCを16,000,000円(@8,000,000円)で売却

ステップ1:相続人の取得価額を確定

被相続人が総平均法を選択していた場合、相続人は被相続人の取得価額をそのまま引き継ぐ(所得税法施行令第119条の2第2項)。

相続人の取得価額(2BTC)
= 被相続人の取得価額合計
= 4,000,000円

ステップ2:売却による所得金額を計算

所得金額
= 売却価額 − 取得価額
= 16,000,000円 − 4,000,000円
= 12,000,000円(雑所得)

ステップ3:取得費加算の特例が使えない ― 二重課税が生じる構造

① 相続時点の課税(相続税)

相続税は、死亡日時点の時価(=相続税評価額)に対して課税される。

相続税評価額(2BTC全体)
= 死亡日レート 6,000,000円 × 2BTC = 12,000,000円

この12,000,000円の全額が相続税の課税対象である。被相続人の取得価額(4,000,000円)は相続税の計算には関係しない。

② 売却時の課税(所得税)

所得税は、被相続人から引き継いだ取得価額を基準に計算する。

所得金額 = 売却価額 16,000,000円 − 取得価額 4,000,000円 = 12,000,000円

この12,000,000円が雑所得として所得税の課税対象になる。

③ 二重に課税される部分

相続税と所得税で計算基準が異なるため、同じ値上がり部分に2つの税がかかる。

相続税の計算基準所得税の計算基準
基準となる金額死亡日時価 12,000,000円取得価額 4,000,000円
課税対象12,000,000円の全額売却価額との差額 12,000,000円
二重課税が生じる構造 取得 400万円 死亡日 1,200万円 売却日 1,600万円 +800万円 +400万円 被相続人の保有期間の値上がり 相続税:課税される 所得税:課税される (ここが重複) 相続後の値上がり 相続税:─ 所得税:課税される なぜ調整できないのか 不動産・上場株式 → 取得費加算の特例で相続税の一部を控除可能 暗号資産 → 雑所得のため措法39条の適用不可 → 重複が調整されない

※ 相続税は死亡日時価12,000,000円の全額に課税されるため、この値上がり部分8,000,000円も当然に課税対象に含まれている。

④ なぜ調整できないのか

不動産や上場株式であれば、取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)により、支払った相続税の一部を取得費に上乗せして譲渡所得を圧縮できる。しかし暗号資産の売却益は雑所得に区分されるため、この特例は適用できない。結果として、被相続人の保有期間の値上がり益8,000,000円に対する課税の重複が調整されないまま残る。

関係法令:所得税法第36条第1項 / 所得税法施行令第119条の2、第119条の6 / 租税特別措置法第39条

実務上の注意点

【結論】相続した暗号資産を売却する際は、被相続人の取得価額と評価方法の確認が最重要である。被相続人の取引履歴が不明な場合は、売却価額の5%を取得費とする概算法(所得税基本通達48の2-4)の適用も検討する必要がある。

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被相続人の取引履歴の確認

相続人が適正な所得計算を行うには、被相続人の暗号資産の取得価額が必要となる。被相続人が利用していた暗号資産交換業者に問い合わせ、年間取引報告書や取引履歴を取得する。被相続人がどの取引所を使用していたか不明な場合は、銀行口座の入出金履歴から暗号資産交換業者への送金記録を辿る方法がある。

取得価額が不明な場合の対応

被相続人の取引履歴が完全に取得できない場合、売却価額の5%相当額を取得価額とする概算法が認められている(所得税基本通達48の2-4)。ただし、概算法を適用すると売却額の95%が所得として課税されるため、税負担は大幅に増加する。

評価方法の届出

相続人が被相続人とは別に自身で暗号資産の取引を行っている場合、相続により取得した暗号資産は相続人の保有暗号資産と合算して計算する。この場合、相続人自身が選択している評価方法(総平均法または移動平均法)で計算する。評価方法を届け出ていない場合は法定の総平均法が適用される。

よくある質問(FAQ)

Q1. 相続した暗号資産を売却した利益はどの所得区分になりますか?

雑所得である。暗号資産の売却による所得は原則として雑所得に区分される(所得税法第35条、所得税基本通達35-1)。相続により取得した場合も同様で、譲渡所得にはならない。

Q2. 相続した暗号資産を保有しているだけで所得税はかかりますか?

かからない。所得税の課税は暗号資産を売却・交換・決済した時点で発生する(所得税法第36条第1項)。保有しているだけでは所得税の課税関係は生じない。ただし相続税は相続時点の時価で課税される。

Q3. 被相続人の暗号資産の取得価額がまったく分からない場合はどうなりますか?

売却価額の5%を取得費とする概算法が適用できる。取得価額が不明な場合、売却価額の5%相当額を取得価額として計算することが認められている(所得税基本通達48の2-4)。ただし所得の95%が課税対象となるため税負担は重くなる。

Q4. 取得費加算の特例は暗号資産にも適用されますか?

適用できない。取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)は譲渡所得に係る取得費の特例であり、雑所得に区分される暗号資産の売却には適用できない。平成30年の国会答弁でも、特例を設けることには慎重な検討が必要とされている。

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関係法令

  • 所得税法第33条第3項(譲渡所得の範囲)
  • 所得税法第35条(雑所得)
  • 所得税法第36条第1項(収入金額の計上時期・収入金額の範囲)
  • 所得税法第37条(必要経費)
  • 所得税法第40条(収入金額の帰属の特例等)
  • 所得税法施行令第119条の2(暗号資産の評価方法:総平均法等)
  • 所得税法施行令第119条の6(相続等により取得した暗号資産の取得価額)
  • 所得税基本通達35-1(雑所得の範囲)
  • 所得税基本通達48の2-4(取得費不明の場合の概算取得費)
  • 租税特別措置法第39条(相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例)
  • 相続税法第2条、第2条の2(課税財産の範囲等)
  • 相続税法基本通達11の2-1(課税価格の計算の基礎)
  • 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」1-5
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